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日記と見せかけた雑記。拍手コメント&メールのお返事もこちら。ここだけの限定小話もあり。
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厨房の一角で。
タルの中いっぱいのリンゴを見下ろして、ミーティアは大きな瞳をくるりと見開いた。
「こんなにたくさんのリンゴ……どうしたの?」
リンゴを1個取り出しながら、エイト。
「部下にもらった。実家で栽培しているんだってさ」
「ふうん。そうなの」
「で、君にもおすそ分け」
俺は幸せを独り占めにしないんだ、などと言いながら袖口できゅっとリンゴを拭う。
「わあ、綺麗ねぇ」
「味もなかなかのものだよ」
作業台にもたれかかり、エイトは果物ナイフを手にした。
彼が皮を剥きかけたところで、
「わたしね」
「うん」
「アップルパイをひとりで焼けるようになったでしょう?」
「ああ」
エイトはそっと目を細めて、
「あれはホントに旨かったなぁ……」
何日も前の味を反芻しているのか、とろけるような声で言った。
「ありがとう。それでね、リンゴの皮を剥くのも上手くなったのよ」
得意気にミーティアは微笑む。
「ウサギさん型に切ったりもできるんだから」
その様子をエイトは横目でちら、と見て。
「俺もできるけど?」
言うが早いか、すととんとリンゴを切り分けて芯を取り除き、皮に切れ目を入れた。
「はい」
瞬く間にリンゴのウサギ達が皿へ並ぶ。
「…………」
むー、と小さく唸り、ミーティアは不機嫌きわまりない目でエイトを見上げる。
彼はふわふわと笑って、
「そんな面白い顔していないで。おひとつ、どーぞ」
ミーティアはまだエイトを睨めつけながら、ウサギのリンゴをひとつ取って口に運んだ。
「あ、本当。蜜がたっぷりで美味しい」
ちょこんと椅子に腰掛け、小さなウサギ型リンゴを両手で掲げ持つようにしてさくさく
食べる彼女を、エイトは微笑ましげに見下ろしていたが、自分も作業台に腰を下ろし、
タルからもう1個リンゴを取り出した。
ナイフをあてがい、
「皮ごと食うのも旨いけど、一応、剥いておくよ」
「あ。――ちょっと待って」
「え?」
「最後まで途切れずに繋げて剥くことって、できる?」
「ふっ。何を隠そう、俺はリンゴの長皮剥きチャンピオンだったりするんですよ」
「初耳だわ」
「訊かれなかったからね」
「はいはい。……わたしだって、やろうと思えばできるんだから」
そう言って、ミーティアはタルに手を入れる。
「なになに? チャンピオンに対する挑戦?」
「そう思って頂いて結構よ」
1個1個リンゴを慎重に吟味した後、
「これにしようっと」
自分の手に合った大きさの個体を見つけて意気揚々と持ち上げた。
エイトは彼女にナイフを譲り、自分は壁に下げられている包丁を手にする。
2人ともリンゴに刃を当てて、
「用意はいい、エイト?」
「いつでもどうぞ」

「それでは――スタートっ」

慣れた手付きでするすると細く皮を剥きながら、エイトは横目でミーティアを窺う。
彼女がナイフを動かした瞬間、ひやりとしたが。
刃の角度を調節したらしく、それ以上は動かさずに親指でゆっくり皮を送り始めた。
リズム良くリンゴを回す手付きに、へえ、と思う。
――自慢するだけのことはあるわけだ。
瞬時にベホマを唱える心構えをしていたが、これなら安心。
エイトは警戒を解く。
すると今度は心に余裕が生まれ、なまじ皮剥き作業に慣れていることもあって、意識は
手元から離れてしまう。
もちろん、それが辿り着く先はミーティアで。
一所懸命リンゴに集中している彼女を眺めて、思わず笑みを浮かべてしまうのだった。

長い睫毛に縁取られる大きな瞳。
強く引き結ばれた唇。
ひたすらリンゴの皮を剥く、小さな手と細い指。
その様子は――何かと自分に張り合っていた、幼いあの頃と変わらずに。
とても。

とても、可愛くて。

ため息がこぼれる。

――結局。
いつでも、何をしていても。
彼女は自分を惹きつけてやまない。
いつまでも見つめていたいと思う。
彼女を見飽きることなんて、決して――

――……あれ。

いつの間にか。
ミーティアのリンゴが半分ほど皮を剥かれていることに気付いた。
対して、自分の手はすっかり止まってしまっている。
「う」
――やばい、本気で見惚れてた!
慌てて皮剥きを再開しつつ、エイトは挽回のチャンスを掴むあれこれを模索し始める。

できるだけ細く、長くゆっくり剥くのは疲れるけれど、しばらく続けていると何だか楽しく
なってくるようで。
半分ほど剥き身が現れると余裕も出てきて、ミーティアはエイトの様子を窺おうと顔を
上げた。
途端、ばっちり目が合ってしまい、ちょっと狼狽える。
じっとこちらを見つめる深い色の瞳に内心どぎまぎしながら、
「……なあに?」
「ん」
エイトは。
目元からゆっくりと表情をほころばせ、
「一生懸命になっているところがすごく可愛いなぁと思って」
ふわりと笑う。
「そんな君が、好きだよ」
「――――…っ!」
心が、震えた。
胸の奥が熱くなり、どうしようもなく鼓動は高鳴る。
――だって。
そんなこと滅多に言ってくれない。
おまけに――あの笑顔。
目眩のする思いで、懸命に何か言葉を紡ごうとするけれど、
「……エイト」
出てくるのは彼の名前だけで。
彼の笑みが深くなる。
とくん、と心臓が跳ねた。
そして。
ぽと
「え」
右手に違和感を覚えたと同時に、何かが落ちた音がした。嫌な予感。
おそるおそる視線を落とすと――作業台の上にとぐろを巻いているリンゴの皮が。
「あ……」
息を呑み、続いてエイトの顔を見上げれば、彼はすいとそっぽを向いた。
刹那、ふっと乾いた笑みをこぼしたのを、ミーティアは確かに認めた。
包丁を手にしていなければ、会心の思いで拳を握ったことだろう。そんな笑みだった。
「――ずるいわ、エイト!」
「俺の何がどうして?」
「だって、だって……わたしを動揺させようとしたじゃないの」
「心外だなぁ。いつも思っていることを素直に告白しただけなのに」
「だからって、こんな時に」
「こんな時にでも、だよ。俺はいつだって君のことを想っているんだから」
するすると皮剥きを続けながら、のほほんと言い放つ。
「もうっ。勝負のために、わたしの心をもてあそぶなんて」
「もてあそ……。い、言っておくけど、俺だって君の言動に翻弄されまくりで――」
ぷつ
それはかすかな音だったが、厨房中に響いたような気がした。

エイトはうつろな瞳で自分の手元を見下ろし、包丁を作業台に転がすや、長い長いため息を
ついた。
かと思いきや、3分の2ほど皮の剥かれたリンゴにかじりつき、たちまち芯だけにして
しまう。それをぽいと放り出すと、タルの中を探った。
「はい」
ぼんやり見つめていたミーティアに、やや小さめのリンゴを手渡す。
自分も新しい実を取り出して。
「まだ勝負はついてないだろ」
「……そうね、諦めちゃ負けですものね」
2人は同時に手を動かした。

「ねえ、エイト」
「はいはい」
「わたし、あなたの秘密をいくつか知っているの」
「ふうん。たとえばどんな?」
「お父さまに内緒で、執務室の本棚にマイエラ印の赤ワインを隠していることとか」
「君と2人で飲もうと思ってさ。――…ゆっくり時間の取れる夜に」
「……そうなの?」
「そうだよ。いやだなぁ、俺は君に隠し事なんかしないってば」
「それは分かっているわ。でもわたしは、別のことも知っているのよ」
「へえ……何だろ?」
「わたしに隠している事はないけれど、黙っている事はたっくさんあるっていうこと」

さく、と不吉な音がして。
エイトは俯き加減でタルから新たなリンゴを取り出した。

そうして。
相手の動揺を誘うために慣れない心理戦を仕掛け続け、危うく本気の喧嘩に発展しそうに
なったり、それを回避しようとお互い全力でフォローし合い、思いがけずほんわかした
気持ちになったり、そんな2人を遠巻きにして己の職務に従事する使用人達が微笑ましい
思いをしつつ、必死で見ない振り聞こえない振りを努めていたり、その間にも次々とリンゴ
が消費されていったりして――


「――それで?」

料理長と共に厨房を取り仕切る、通称“おかみさん”は、大量に転がるリンゴとぼろぼろ
の皮、それを前に項垂れる王女と、その近衛隊長をじろりと睨め上げた。
「いったいこの始末をどうつけなさるおつもりですか?」
「食うよ、もちろん。全部」
中途半端に剥かれたリンゴをしゃりしゃり囓りながら、元小間使いの近衛隊長が言う。
その顔に反省の色はまったく見られず、おかみさんは握りしめたお玉を彼の頭に思い切り
振り下ろした。カコンっと小気味良い音が鳴る。
幼い頃から見慣れた光景なので、姫君も恋人を庇わない。
「ごめんなさい、おかみさん」
彼女は胸元で手を合わせて、
「剥いた皮はきちんと片付けます。リンゴも無駄にはしませんから」
「ええ、ええ、ぜひそうしてくださいな」
「それで、あの……あちらの焼窯をお借りしてもいいかしら?」
「どうぞどうぞ。なんならエプロンもお貸ししますよ」
「別に調理しなくても、このまま食えばいいじゃないか」
面倒くさそうな口調で、エイト。
やはり悪びれた様子は皆目見られず、おかみさんは掴んだフライパンで彼の頭を思い切り
張り倒した。カイーンと爽快な音が響く。
幼い頃から何度も繰り返されてきたことなので、ミーティアは注意を払わない。
けろりとしたエイトが、籠の中に情けない姿のリンゴを放り込んでいくのを見やり、
「こんなにたくさんあれば、大きなパイが焼けるわね」
「俺はタルトとケーキでも焼こうかな。ゼリーもいけるか。残りはジャムにでもして」
「あっ、差をつけるつもりね!」
「菓子作りに必要なのはスキルとレパートリーなんですよ、お姫様」
「いいわよ、とびっきり美味しいアップルパイを焼いてあげるんだから」
「期待してるよ。――誰か、俺にもエプロン貸してくれませんかー?」

軽くじゃれ合いながら焼窯へ歩み寄る恋人達に背を向けて、
「ちょっとあんた、そこの窓を開けとくれ」
おかみさんは両手で顔を扇ぐ。
「まぁったく、暑いったらありゃしない……」
そのぼやきは厨房に居る使用人全員の同意するところだった。

 


お互い相手に対してのみ、意地っ張りで負けず嫌いになります。

一度削除した「その3」。
書き直してみると、似て非なる物ができあがりました。
それも当初の倍の長さで。

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