部屋に入って来るなり、エイトはひらりと一枚の紙を広げた。
その真ん中には、大きく角張った彼の字で、
頑張って
と、書かれている。
「えっと……?」
意図が分からず、とりあえず首を傾げてみる。
長い髪がサラリと音を立てた。
「これを読んで欲しいんだ」
心なしか肩を落として、彼は言う。
「今ちょっと弱気になってるから」
君の声に励ましてもらいたいわけなんだよ、と。
元気がないのは扉を叩く音ですぐに解った。
入ってきた瞬間、仕事がらみで何かがあったことを察した。
だけど。
「ダメ」
「……厳しいなぁ」
「頑張りすぎている人を無理に励ますようなことはしたくないもの」
「そう言うと思ったから紙に書いてきたんですけど」
しょんぼりと呟きながら、くしゃっと紙を丸める彼。
「そこまで分かっているのなら――」
一歩踏み出して彼との距離を詰める。
彼の首に両腕を廻して。
そっと引き寄せて身長差を埋める。
「わたしが別の方法で元気をあげられるってことも、知っているでしょう?」
言うが早いか。
彼の頬に軽く口付けて、その耳元で囁く。
「大丈夫よ、エイト」
廻した腕はそのままに、正面から彼の顔を見上げてゆっくり微笑む。
「大丈夫」
何もかも上手くいくわよ――。
深い色の瞳を驚いたように見開いて。
照れたような困ったような顔で彼は笑った。
「あのさ」
温かい腕が背中に伸びて、優しく抱き寄せられる。
「俺、一部地域で救国の英雄とか世界を救った勇者だとか持てはやされてるけど」
本当は――。
「誰よりもすごいのは君だって、そう思ってるんだよ」
コツンと額同士がくっついて。
くすぐったそうに頬笑み合う。
――大丈夫。
誰よりも何よりも大好きな人を。
世界で一番大切な人を。
自分の一挙一動でたちまち笑顔にしてあげられる。
その事実が、勇気と自信をくれる。
こんなにも自分を強くしてくれる。
だから。
わたしも、大丈夫。
お互いの存在が励みになります。