花のように甘い香り。柔らかな感触。
そして、いつも傍らに感じていた慣れ親しんだ気配――
エイトはゆっくり目を開けた。
途端。
一気に眠りから覚醒し、そのまま絶句する。
目の前にミーティアがいる。
それはいい。彼女が自分の傍にいるのは当たり前だからだ。
問題は――その、場所だった。
自分の上に覆い被さるようにして、彼女は眠っている。
思わず呟いていた。
「……君、何でここにいるんだよ」
もちろん恋人からの返答はない。
――…オーケイ。ひとまず落ち着こう、俺。
まずは状況確認から。
今居るここは――自分の執務室。
自分が横たわっているのは、仮眠用の長椅子。
その自分の上で、最愛の恋人が日向ぼっこを楽しむ猫のようにまどろんでいるわけだ。
――何故?
と思う間もなく、想像できた。
いつものように彼女は空き時間を利用して、自分に会いに来たのだろう。
そうして、いつものように仮眠(サボタージュにあらず)する自分を発見。
つられて眠ってしまった。
というわけで、現在に至る。
「…………」
つられて眠り込む前までに、彼女がとったであろう行動や、何を理由にして自分に
寄り添う結果になったのかなど、そのような細かいことははっきりくっきり考えない。
なぜなら、自分の精神面にとって非常に良くない影響を与えそうだからだ。
――さて。
ひとの気持ちも知らず、いまだすやすやと眠り続けるミーティアを上にして。
エイトは考える。
「どうしたものかな」
1 気付かなかった振りをして、もう一度眠る。
2 彼女が自然に目を覚ますまで、そのままにしておく。
3 悪戯してみる。
「って、それ犯罪だろ」
困った。
まともに思考が働かない。
落ち着いているつもりでいたが、しなだれかかる愛しい重みのせいで、完全に空回って
いる。
――ああ、もう。
観念して。
「……ミーティア」
静かに名前を呼ぶ。
いつもならぱっと顔を輝かせて嬉しそうに微笑むのに、それでも彼女は目を開けない。
――うっ。本気で寝ちゃってるよ、この人。
よほど疲れていたのか。
それとも――。
安心しきっているのか。
自分の傍らが一番安らげる場所なのだと、彼女が思っていてくれるのなら。
それは嬉しいと素直に思う。
何よりも、常にそうありたいと望んできたから。
今の自分なら、凶悪な魔物だろうと、某国のダメダメ王子だろうと、どんな災厄からも
彼女を守ることができる。
その自信はある。
――だけどさ……。
己の身に押しつけられる柔らかな身体と、その体温を心地良く感じながら、苦笑する。
「俺から君を守る自信は、あんまりないんだよね」
長い髪を優しく撫でて。
少し身を起こすと、わずかに彼女の顎を上向かせる。
それは4番目の選択肢。
自分も顔を傾けて。
彼女の耳元でそっと囁く。
「キアリク」