こんな年齢になってもいまだ定職につこうとはせず、短気のアルバイトで食いつないでいる
我が友人が、暇でヒマでしかたがないと言う。
本気で暇らしく、頻繁に気合いの入ったメールを送ってきたり、鬱々しい声で電話をかけて
きたりするので、温厚な人徳者と名高い私もさすがにムカついてきて「暇な夜長に読書でも
せい」と、『竜馬がゆく』全8巻(文藝春秋刊)をまとめて押しつけてやった。
それからは嘘のように友人からのメールも電話も来なくなった。
友人は昔から分かりやすい人間だった。
そして私は以前のように心置きなく仕事に振り回され、ゲームに逃避し、マンガに癒される
日々を送るようになった。
気ままな生活、ばんざい。
……と喜んだのは、つかの間で。
本を押しつけてから10日ほど後。
深夜、ケータイに友人からのメールが届いた。
“――リョウちん、サイコー!”
リョウちん言うな。
どうやら友人は坂本竜馬にどっぷりハマり込んでしまったようで、竜馬についての熱き想い
をやたらに語るのだった。メールで。電話で。時には私の目前で。
友人のマシンガントークを軽く聞き流しながら、私は岡田以蔵のことを思った。
以蔵さん、もうコイツ斬ってやって。
そして先週、土曜日。
職場にて、ゴミのように積まれた書類をどう処分しようか思案中の私のケータイに、友人
からのメールが届いた。
“――今、近江屋のあった場所にいます。これからリョウちんのお墓にいきます♪”
ひとり竜馬ツアーを始めたらしい。日帰りで。
土産はなかった。
先ほど、ケータイに友人からのメールが届いた。
“明日はリョウちんの記念館に行くよ☆”
ついに高知か。
友人は昔から分かりやすい人間だったが、わずか10日ほどで小説8巻を読み通し、また
読み返し、こうもやすやすと竜馬にハマってしまうとは、仕掛け人の私もびっくりだ。
と、いうより。
友人の行動力に驚いている。
否、羨ましいのだ。
あの軽やかなフットワークが。
私もとことんまで突き進められればいいのだけれど。
河口湖に行きたし暇はなし。
……うに。
友人が戻ってきたら、今度は『燃えよ剣』を押しつけて、土方歳三に萌えさせようと思う。